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高校でもEスポーツ

Eスポーツの盛り上がり



 『コンピューターの対戦型ゲームで競う「eスポーツ」が、盛り上がり始めている。

 長野県の松本工業高校(松本市)では今夏から、部活動の一つとして、生徒が日々練習に励んでいる。県内の愛好家は団体を立ち上げ、開いた大会も予想以上の参加があったという。

 ■松本工で部活動 

  目標は全国

 「松工(まつこう)」の愛称で知られ、今年で創立80年の松本工業高校

  平日の放課後、実習室の片隅で10人ほどの生徒がパソコンに向かっていた。画面上には「リーグ・オブ・レジェンド」というゲーム

  キャラクターを操作し、5人の仲間と協力して敵チームの本拠地に攻め込む。「仲間で話し合い、協力しないと勝てない」。

 2年の前川結冴(ゆいが)君(16)が教えてくれた。


 文化部の一つ、電子工学クラブのなかにeスポーツ班ができたのは7月。

 きっかけは「eスポーツ部をつくりたい」という1年生の声だった。顧問の三澤実先生(52)の働きかけもあって、部内の班というかたちで発足。班には1〜3年の17人が所属している。

 

 三澤先生はゲームの技術や戦略に詳しいわけではない。ただ、勝つためにコミュニケーションを取り、チームとして一つになっている生徒の姿をみて、プレーできる環境をつくることの大切さに気付いた。

 「たかがゲームだろ」という批判が学校内外からあることは知っている。

 でも、「eスポーツは彼らにとって、野球部が甲子園を目指すのと一緒だと思うんです」

 

 練習は平日の放課後と土曜の週6日。公立校ということもあって練習環境が整っているとは言いがたい。中古パソコン7台をかき集め、専用の回線は同窓会が引いてくれたものを使う。

 練習試合の相手が見つからないのも悩みの種だ。

 チームの最大の目標は、「第1回全国高校eスポーツ選手権」での躍進だ。12月にオンラインで予選が開かれ、来年3月に千葉で決勝大会がある。

 1年の原颯汰君(15)は「戦略の多様さが競技の魅力。練習を重ね、選手権では恥ずかしくないプレーをみせたい」と力を込めた。』


 コンピューターの発達とともに、対戦型競技として注目を集めているEスポーツ
 アジア大会などでも正式競技として徐々に認知されてきている。

 実際、Eスポーツ賞金を稼いだりするようになってくると、職業としても認識されてくるかもしれない。時代と共に新たな職業が生まれてくるからね。

 記事のように高校でも部活としてEスポーツが広がってきている。
パソコンなどに疎い年配世代は「たかがゲームだろ」という主張をするかもしれないけれど、ゲーマーとして立派に大金を稼ぐ時代だ。

 その道のトップになれば、大金を稼げれるようになるかもしれない。

 「第1回全国高校eスポーツ選手権」も始まるようだし、世界に遅れないように頑張ってほしいな。




posted by 世界好奇心 at 20:19 | gidoのコラム

アフリカの闇にスポットライトを

アフリカの子供兵の未来


『【9月15日 AFP】ババ・ジョン(Baba John)さん(15)は11歳の時、部族の民兵組織に加わった。

 組織から逃げ出すはるか前から、自分が殺した人の数を数えるのをやめていた。
「人々を撃った。みんながそうしていた」と、ババ・ジョンさんは言う。

「銃を渡され、撃ち方や、狙い方を教えられた。何人撃ったかは覚えていないけど、大勢だったのは確かだ」
 

 ババ・ジョンさんが殺りくに身を投じるようになったのは、生きるか死ぬかの決断を迫られたことがきっかけだった。

 コブラ派(Cobra Faction)として知られる南スーダンの武力勢力が、首都ジュバ(Juba)から北に400キロほど離れたピボル(Pibor)近郊にあるババ・ジョンさんの村を襲ったのだった。


 ババ・ジョンさんは襲撃を生き延びたが、次回も運が見方をしてくれるか分からない。
 そこで、他の多くの人々と同じように民兵組織に加わることを決めた。

 「人を撃ち、略奪することを強いられた」と、民兵組織で過ごした年月を振り返る。

 ババ・ジョンさんは今、国連児童基金(ユニセフ、UNICEF)が実施する子どもの兵士に新しい人生のチャンスを提供するプログラムに救いを見出している。

 だが、今でも子どもたちは、勧誘、強制徴募、あからさまな誘拐などの手段により兵士にされている。

 南スーダンでは5年近く内戦が続いており、ユニセフは、18歳未満の子ども約1万9000人が軍、反政府組織またはさまざまな民兵組織に加わっていると推定している。

 2015年以降に武装組織から解放された子どもの数は3000人近くに上る。


 ■農家に転身
 
 
 ババ・ジョンさんは、自分の犠牲者から取った体に合っていない服を着て、母と5人のきょうだいが住む家に戻った。

 ピボルは開けた平原にある今にも崩れ落ちそうな町だ。薄汚れた仮設滑走路には、この町で最も大きな建物である格納庫ほどの大きさのテントがあり、非常時の食糧が入った袋が保管されている。

 紛争や苦しい生活は続いているが、ババ・ジョンさんは希望に満ちている。
 細身の体にこざっぱりとしたストライプのシャツを着て、腕にビーズのブレスレットをはめていている。

 足元ははだしだが、顔には笑みが浮かんでいる。
 ババ・ジョンさんは今、新米農家として、作物の植え付け、栽培、収穫を学んでいる。

 「農家になって、家族を助けたい」とババ・ジョンさんは言う。


 ドイツの国境なき獣医師団(VSF)は、ピボル元子ども兵士のための事業を実施している。

 VSFのムラグリ・ワチラ(Muraguri Wachira)氏は、体系的な教育プログラムに集中させ、新たな技能を習得させることが、元子ども兵士の精神的回復を助けると指摘する。

 「この支援事業には現在、約1500人が参加している」と、ワチラさんは言う。


 ババ・ジョンさんは今でも悪夢にうなされることがあるが、戦いのない未来を思い描くことができるようになってきた。

  ■人生で学んだことは不確かな未来
 

 だが、実現するのは簡単ではない。 最もいい状況の時でも、南スーダンでの生活は厳しい。

 現在は、また破滅的な内戦の最中で、過去最悪の状況となっている。
 多くの子ども兵士にとって、民兵に加わることは単に生き延びるための現実的な手段なのだ。

 「ここはまだ安全ではなく、十分な食べ物もない」と、ババ・ジョンさんは言う。
 10歳で母親と一緒にコブラ派に参加し、後に村に戻ったマーサさん(16)は、「民兵に戻った人を大勢知っている。空腹で希望が見えなかったためだ」と指摘する。

 18歳のトマスさんは、何年間も民兵への出入りを繰り返してきた。「戦闘、殺りく、略奪──すべてを見てきた」と、トマスさんは語った。
 

 トマスさんは地元の公務員になって、子どもたちの権利の保護を訴えることを夢見ている。

 だが、これまでの人生でトマスさんが学んだことがあるとすれば、何事も確実ではないということが挙げられる。

 「民兵には戻りたくない」とトマスさんは言う。

 「だが、南スーダンでは何が起こるか誰にも分からない。また襲撃されるかもしれないし、そうなったら選択肢は限られる──逃げるか、隠れるか、あるいは立ち向かうかだ」 (c)AFP/Stefanie Glinski』


 アフリカの闇となっている子供兵
 あまり日本のメディアには取り上げられないけど、アフリカでは子供兵が大勢いる。

 この記事の子供兵は近年スーダンから独立した南スーダン
 でも南スーダンに独立後の政情不安は相変わらずで、人々は不安な日々を送っているらしい。

 子供兵により心を痛めるのは、彼らの多くが誘拐されたり、強制的に徴収されたりして、無理矢理子供兵に仕立てられること。

 そして殺し方を教えられ、最前線で命の危険にさらされる。
 食事なども組織の一番最後になることがほどんどのようだけど、それでも生き延びる為には民兵を選ばざるを得ない社会状況にもなっているみたいだね、南スーダンは。

 安心して眠りにつけることが有難い。

 そんな日本で当たり前のことがアフリカでは当たり前ではない。
夜襲で襲われ、家族がいなくなったり、家や財産を失ったり。
食料確保もままにならなければ、生き延びる為に人を殺すような組織に入らざるを得ないのかもしれない・・・。

 子供兵の多くはトラウマにかかるという。
 自分の意思に反して人を多く殺してきたから。中には、家族に手を挙げさせられる子供兵もいる。

 大抵は人を殺すことに抵抗があるので、それを吹っ切る為に身内をターゲットにさせる組織もあるという。
そうすれば、後々子供たちが村に帰りたくなっても、帰れないような状況を作り出すのだ。

 多くの人を殺したという事実に、帰還してからも苦しむ子供兵は多いと聞く。

 ドイツの国境なき獣医師団(VSF)子供兵の再生プログラムに取り組んでいるという。

 獣医師団なのに人間の子供のケア
 それだけ、アフリカでは子供兵の問題が深刻だということだね。


posted by 世界好奇心 at 20:26 | アフリカ

大坂なおみ テニス4大大会で日本人初の快挙

大坂なおみ 全米OP初制覇



 『9月8日(日本時間9月9日)に開催された全米オープン決勝セリーナ・ウィリアムズ選手を破り、日本選手として初の四大大会制覇を果たした、大坂なおみ選手。

 新たに誕生した20歳の王者は、試合後、母の元へ駆け寄った。【BuzzFeed Japan / 伊吹早織】


 ニューヨークタイムズによると、北海道根室市で生まれ育った大坂選手の母・環さんは、札幌でハイチ出身のフランソワさんと出会い、恋に落ちた。

 家族に関係を認めてもらうことができず、大阪へ移り住んだ。そして、二人の娘を授かった。

 娘たちにテニスを習わせようと考えたのは、フランソワさんだった。一家は2006年にアメリカ・フロリダ州に移住し、本格的に選手としての道を歩み始めた。

 大坂選手は2017年のインタビューで、これまでの人生でもっとも影響を受けた女性は?という質問に、迷わず「お母さん」と答えている。

 「お母さんはこれまでずっと頑張ってきて、私もずっとその姿を見てきました。だから私もお母さんが一息つけるよう、結果を出したいと思い続けてきました」

 8日の全米オープン決勝は荒れた。

セリーナ・ウィリアムズが試合中の警告を巡って主審に激しく抗議。表彰式でも、試合結果に不満を募らせたファンからブーイングが飛んだ。

 涙ながらに「みんなセリーナのことを応援していたのはわかっています。こんな結果になってしまってごめんなさい」と語った大坂選手

 家族への思いを問われて、こう続けた。

「お母さんは、私のためにたくさんの犠牲を払ってくれました。母は普段、あまり試合は見に来ないんです。だから私の試合を応援することは、母にとって本当に大きな意味があるんです」』


 大坂なおみテニスの4大大会(全豪、全仏、全英、全米)で日本人として、初めて優勝した。

 最近大坂選手は力をつけてきているなとは思ってはいたけど、まさか今年のうちに4大大会で優勝するとは思わなかった。

 本当、凄いの一言!

 これまでの実績を考えると、とても優勝は予想ができなかったが、そこは20歳の伸び盛り。
 凄まじい進歩を遂げて、一気に階段を駆け上ったね。


 大坂選手日本人ではあるけれど、父親はハイチ人。現在はアメリカ国籍を持っているみたいだけどね。
だからこそ日本人離れしたパワーテニスができる。180Cmの恵まれた体格だ。

 大坂選手は日本語はあまり上手じゃない。アメリカで育ったからか、母語は英語みたいだね。
日米両国の国籍を持っているようだけど、大坂選手はいつも日本人として戦っている。

 テニスにおいて恵まれた体格は利点もあっただろうけど、色黒できっと辛い面もあったと思う。
国際結婚したカップルの子供は自分自身のアイデンティティーに悩むケースもけっこうあるけど、彼女もあったんじゃないかな?


 通常だと、アメリカで暮らしていて、日本語よりも英語の方が流暢で、アメリカ国籍もあるなら、アメリカ人として生きていくことを選ぶ人が多そうだけどね。

 でも、大坂選手は日本を取った。
それは日本人であるお母さんの影響が大きいと思うんだよね。

 もちろん、大坂選手のお母さんだって大変な苦労をしていたに違いない。

 尊敬する女性はと聞かれて、「お母さん」と即答したという大坂選手
優勝者インタビューでは色々な人に感謝したという心優しい女性に育っている。

 プロテニス選手としての成功だけでなく、精神的にも逞しい人間だと思う。

 まだまだこれからのテニス人生

 是非とも、日本人としてグランドスラムをやってのけてほしいな。





posted by 世界好奇心 at 17:26 | gidoのコラム