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アメリカの日系人収容所

バイデン大統領の日系人強制収容への謝罪 





『【ワシントン共同】太平洋戦争中の米国で、日系人強制収容の根拠になった大統領令署名から79年となった19日、バイデン大統領は声明を発表し、改めて謝罪した。

 「こうした政策によって苦しんだ日系米国人への連邦政府の公式な謝罪を再確認する」と表明した。

 1942年2月19日、ルーズベルト大統領が署名した大統領令により、日系米国人は「敵性外国人」と見なされ約12万人が全米各地で数年間強制収容された。

 88年にレーガン大統領が過ちを認めて謝罪するまで名誉回復の運動が続いた。

 バイデン氏は声明で、「米国史で最も恥ずべき時の一つ」と強制収容の歴史を振り返った。』

 第2次世界大戦時の日系人収容所問題に対して、バイデン大統領が謝罪した。

 わざわざ大統領に就任した時に日系人強制収容の歴史を謝罪したのは日本を意識してだろうか。

 現在、東アジアアメリカと中国との覇権争い核開発をする北朝鮮、それに同盟国であったはずの韓国の共産主義寄りの政策

 問題が山積みの東アジアの中で日本との関係は重要だというメッセージだろうか?

 この記事ではルーズベルト大統領の政策によって苦しんだ日系米国人に対する謝罪となっているが、実はアメリカの日系人収容所に入れられたのは日系アメリカ人ばかりじゃない。

 太平洋戦争当時、アメリカの影響下にあった中南米諸国
中南米に住んでいた日系人アメリカに連行され、日系人収容所に収容された。

 メキシコ、ブラジル、ペルーなど多くの国から日系人というだけで連行された史実。
 特にペルーには多くの日系人がいたのでアメリカの収容所へ。

 バイデン大統領が公式に謝罪したのにけちをつけるつもりはないが、できれば中南米諸国から連れてこられた日系人にも触れてほしかった。

 遠く離れた中南米から連れてこられた日系人は家族や仲間と引き裂かれ、遠いアメリカの収容所に入れられたという事実は忘れないでほしい。

 中南米日系人がやばいとアメリカがプレッシャーをかけ扇動したのだ。
日本人の血
が混ざっているというだけで。

 日系米国人だけでなく、そういう中南米の日系人にも目を向けてほしいな。

      

posted by 世界好奇心 at 22:30 | アメリカ